玉葱の冒険


出来の良い兄を持った弟の気持ちは弟にしか分からない。



ハイランド王国第4軍団長であるソロン・ジーは皇国貴族の中でも有力な一族の出自である。
年齢に対して異例の出世といえる軍団長という地位にいるのもぶっちゃけ戦功ではなく、実家の力によるものだ。

と言っても、彼が出自にだけ頼る無能な男というわけではない。
確かに、これといって華々しい戦功も、英雄譚として語られるような飛びぬけた逸話があるわけでもない。けれど決して剣を握れぬわけでもなく、戦場など見るのも恐ろしいという臆病者でもない。
ごくごく普通の軍人としての鍛錬を積んできたし、プライドもあった。

幼い頃より一族の次男として勉学と剣術、共に励んできたのだ。

『一族の名を辱めないように』
『一族の名に相応しいように』

繰り返し聞かされてきた言葉である。

回りの大人たちの容赦ない厳しい視線の中、何とか認められるだけの成績を修めてきた。



見ようとさえ思えばそこかしこで見かけることのできるその日の食事も事欠くような貧しい人々と比べ、彼は望めば どのような高価な書物でも手に入ったし、名のある名匠が彼のために鍛えたという剣を、幼い身に当たり前のようにまとっていた。 生まれてから一度も『ひもじい』という感覚を実感した事もない。 ルルノイエではどこへ行こうとも有力貴族の子弟として丁重な扱いを受けた。 それが、当たり前の日々。 けれど、村の貧しい子どもたちが裸足で野原を駆け回っている間、彼は読みたくもない分厚い書物に向かい、子どもたちが泥だらけになり取っ組み合いをしている間、彼は一人、名匠の鍛えた剣の振り方を学んだ。 周りの者より劣っている事は恥であり、トップに立つ事こそ当たり前。 そんな価値観を植え付けられた取り分けて天才でもない普通の十代の少年としては、人の三倍努力してやっと当たり前の評価を手にいれるだけで精一杯だった。 そんな環境の中で、常に優秀と評価される兄の存在は、彼にとっては目障りでしかなかった。 『あの一族の長男はとても優秀なんですって。それに比べて弟は───』 常に比較される自分。他の誰よりも努力しているのに、下される評価はいつだって兄よりも劣ったもの。周りは兄に期待をかけ、自分はその比較対象にしか過ぎず。頑張れば頑張るほど惨めな気持ちに陥った。 それでも少年は黙って『当たり前』の評価を得るために励んだ。 結果でしか評価しない大人たちと、有力貴族の家庭教師しか知らない少年の中には『反抗』という言葉すらなかった。 両親が彼に相応しいと与えてくれた友人たちの洗練されたマナーの裏にはライバル意識しかなく。弱味を見せて返ってくるのは、励ましの抱擁ではなく手痛い裏切りだ。 少年は自分自身の気持ちも分からぬままに、一族の一員として敷かれた道を歩まざる負えなかった。 その結果がこれか─── 自嘲的に笑うソロン・ジーの頭に先程のルカ皇子の言葉が浮かぶ。 『貴様では力不足のようだな』 狂皇子と恐れられるルカは彼とは違い、生まれ持った才能がある。例えその使い方が間違っていたとしても、努力せず人より抜きん出る事が出来るルカを、ソロン・ジーは羨むと同時に妬んでもいた。 力不足──確かに彼は三度も失敗した。 最初はミューズの傭兵隊の砦で、侮っていた傭兵相手に退却する事になった。(しかもこの後、ルカの参戦により、砦は呆気ない程簡単に落ちたのだ!!) 次はミューズの街だった。自ら雇った傭兵に寝返られ、またもや退却を余儀なくされた。(その後ルカの放った内通者により市内からの手引きで、街は落ちた・・・) そして三度目は、新たにできた同盟軍本拠地を攻めた時。全力で攻め込んだにも関わらず、サウスウィンドゥに叛かれ、あげく同盟軍に裏をかかれ挟み撃ちとなり退却。 尽く失敗に終わっている。 けれど、自分は決して努力を怠ったわけではない。 軍団長という地位は、自分には重すぎると思う部下もいただろう。努力もせずに地位についた貴族のおぼっちゃん、と。 けれど、貴族は貴族なりにその地位に相応しくあるための犠牲を払ってきたと思う。 もっとも、それは『軍団長』という地位ではなく、『他人の上に立つ』地位のためだったが。 『愛想がつきた・・・』 自分を見下し、いとも簡単に言い放つルカ。 才能のある者には分からない。どれだけ努力しても、自分は決してルカのようにはなれないのだ。兄に敵わなかったのと同じように。 『こいつを軍門に引き出して、首をはねろ!!』 一般兵に引き摺られて天幕を出た。 『戦場でなら命も捨てよう・・・だが、これは、将たるものの恥辱・・・』 そう言った時の自分は何を思っていた? 一族の事だ!! もし自分がルカに首をはねられるような事があれば、それはすなわち一族の恥。 (一族の名を辱めないように) どうやらここに来て、始めて自分は一族の教えに叛く事になるらしい。 少年時代、反抗期もなく過ごしてきた自分が。 こうなると分かっていれば、一度くらい自由気侭な好きな事をしておけば良かった・・・。 仮にも一軍を率いていた将故に縄目の恥辱は避けられたが、こうして水辺に連れられて地面に直に座り、自分の首斬る刃が研がれるのを待つ身であれば、今更恥も外聞もない。 力なくうつ向けば、水面に映るのは疲れきった自分の顔。 今までは常に誇り高く、一族の名を背負って生きてきた自分は、どうやらその重みに疲れてしまったようだ。 水辺に生える草花の名も知らぬ。 思えば努力のみでいつも焦っていた自分は、このように水辺で穏やかな時を過ごした事さえもなかった・・・。 ザッ、ザッ、ザッ・・ 刃を研ぐ音が響く。なぜかその音に今は安らぎを感じる。 31年生きてきて、始めて得る心休まる時が、死刑宣告の後とは何とも皮肉な事ではないか。 毎日手入れしていた自慢の髪も、今はほつれて頬にかかる。 そういえば、あれはシードだったが、初対面の時に 『団長、その玉葱ヘアーはどこでセットしてもらったんですか?』 などと無礼な事を言ったのは・・・。 あの時はいたく立腹したものだが、なんとも不思議な事だ。 今、水面をのぞけば、ゆらゆらと映るものは確かに玉葱ではないか! クックックッ・・・と体を水面に傾けて低く笑うソロン・ジーの姿に、兵士が不気味なものを見るかのように眉を顰める。 刃を研いでいた男が、相手にするなというように軽く首を振った。よくある事なのだ、と表情で示し、男は研ぎ終えた刃の具合いを確かめる。 日の光に反射した刃が眩しい輝きを放った。 それは水面を覗き込んでいたソロンの目にも映った。 あぁ、俺はあの光に包まれて、旅に出る。 俺の最期を聞いた一族が悲嘆にくれるか、ただ恥じ入るか。俺はそのどちらをも笑ってやろう。 この旅には道がない。俺は思うがままに進む。 ソロン・ジーの冒険だ。 首を伏せたソロン目掛けて刃が振り下ろされる。 水に映ったそれはまるで光の束のようだった。 そこから目を反らす事なく、ソロン・ジーは笑った。 いや、これは玉葱の冒険だ。 -END-
 
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