ふんわりと暖かい色をした髪が好きだった。
特に手入れをしているわけではないから、艶々のサラサラ~ってわけじゃないんだけど。風に吹かれて短い髪がパサパサと動いてる。彼女は二カッと笑って、
「なぁ~に、私に見惚れてるんだ?ジョウイ?」
からかうように言ってみせる。
「…自意識過剰、だよ、」
僕は何気ない風を装って肩を竦めて見せる。でもホントは、認めるのは癪だけど、彼女の言うとおりなんだ。
「、ナナミ」
悔しいから絶対に認めないけどね。



不思議なコップ


時々、暖かい色の髪を持つ親友の姉を見てると、不思議な気持ちになる。
懐かしい感じと悲しい感じを一緒のコップに入れて混ぜたみたいな感じ。
切なさに似ているようなその気持ちを、少しずつ飲み込む。
もう飲めない。…そう思う直前に、彼女は二カッとあの笑顔を見せる。そしたら僕はいつも、コップの存在を忘れて駆け出すんだ。

恋、ではないと思う。
そういう気持ちはもう少し甘くてもっとうきうきした色をしてるんだ。例えば、あの壁に囲まれた屋敷にいたお姫様を見た時のような。
でも、僕が彼女―ナナミのことを意識しているのは確かで。でもそれは、恋、じゃない。
親友の姉にどんな気持ちを持つのが普通か、なんて知らないけど。きっと僕の気持ちは普通ではないと思う。でも、恋、じゃないんだ。

町外れの道場に向かう道。石造りの道が途切れて、踏み固められた土の上を歩く。
風の通り道なのか、柔らかい風が木々をざわめかせる。その音の中に、彼女はいる。
「ジョウイ!ちょっと待ってて!リオウ、呼んでくるから」
僕の姿を見て、何の疑問も抱かず彼女は笑いかける。元気に飛び跳ねて。人の話も聞かずに。僕はただ苦笑する。



ねえ、ナナミ。そんな思い出が今はこれ以上ないほど愛しくてたまらないよ。
抱きしめてずっとこの儚い夢に浸っていたい。
こんな、石造りの冷たい床に横たわるのが、キミだなんて信じられないんだ。

だから僕は背を向ける。
不思議な気持ちのコップを飲み干す。
もう飲めない。…笑ってほしい。

恋、じゃない。
恋、なんかじゃない。
ただどうしても飲み込めないこの気持ちを、何と言えば良いのだろう。
僕はそれに名前をつけるのが怖くて、でもつけたくて。
それを決める前に、キミは消えた。

一つ分かっていること。
もう二度と笑わないキミ。
僕の中のコップは割れて、バラバラの破片が撒き散らされた。




-BACK-















火葬


カチカチに氷っていた雪が溶けて、うっすらと青色の空の下、ぽつりぽつりと花が咲き始めた頃。
人気のない廊下に備え付けられた暖炉はここしばらくの間使われていない。灰も煤も取り除かれて、綺麗に片付けられている。
ほんの気まぐれみたいなものだった。今は無用の長物となしている、けれど一度寒くなれば煌々とした灯りとパチパチと弾ける炎の温もりをもたらすその石造りの暖炉に、何か大切なものを隠しておこうと思った。
こどもの宝探しみないなわくわくした気持ちと一緒に、この暖炉が本来の使われ方をする季節まで大事なものをしまっておこう。

「………あんた……何してるの?」
呆れ声のルックが生温かい目で見守る中、リオウは暖炉の中に潜り込んで石と石の間に小振りだがしっかりとしたナイフを差し込む。
「ここにねぇ、たいせつなものを、隠しておこうと思うんだけどぉ~」
間延びした声ながら、手は決して休めずに少しずつ隙間を広げていく。パラパラとこぼれ落ちる破片の粉に、はぁ~っくしょんッ!!とくしゃみして。
「たいせつなもの?…大切ならなんでそんなトコに隠そうなんて思うわけ?」
呆れながらもどこか興味を引かれたように尋ねるルックに、リオウはえへへと笑った。
「たいせつだからぁ、誰にも分からないトコに隠しておくんだよぉ~」
「誰にもって……じゃあぼくの目の前でやるなよ」
「ルックはいいの!」
珍しくきっぱりと言い切ったリオウは、相変わらず振り返りもせず暖炉の中に入り込んで、手を粉塗れにして夢中だった。
「ふーん、それって、ぼくが人の内にカウントされてないってこと?」
からかう様に自虐的に、小さな背中に向かって吐き出してみると、リオウはクルッと振り返って、コザルな顔で笑った。
「信用してるってことだと思うよぉ~」
「…ふーん、あっ、そう」
つまらなそうに答えながら、再び作業を開始してリオウの背中をずっと見てた。



季節が巡って冬が来て。吐く息が白いある日、帰ってきた城内の暖炉にはホッと溜息を溢したくなるような暖かな炎が揺れていた。
あれから一年。一年もの間、どこにも進めずここにいる。 すでに幾人かの仲間は、背を向け去っていった。 終わりのない戦いに敵も味方もただ疲弊していくだけで。いつかは必ず終焉が来るであろうことは分かっているのに、まるで『あいつ』はその日をダラダラと先延ばしにしているかのようにも見えた。
意味もなく。そう、過ぎ去ったこの一年には何の意味もないように思えたのだけれど…。

ふと気になって例の廊下の暖炉を見に行く。あいつはちゃんとたいせつな物を取り出したのだろうか。
廊下にはどこか鼻につく焦げ臭い異臭が漂っていた。
暖炉の前にぼーっと佇んでいたビッキーがぼんやりと呟く。
「髪の毛が燃えてるような匂いがする…」

その言葉であいつの、たいせつなもの、が何なのか気付く。
あの日石の間に削り取ったほんの僅かな隙間に、大切に大切に隠しいれた物。失った彼女から切り取ったもの。
作り物じゃないこの世にたった一つの生き物であれば、それがほんの髪の毛の幾筋かであろうとも誰かにとって掛け替えのないものになり得る。それはルックにとっては皮肉なことだったけど、その物質だけではなく、それが呼び出す思い出たちがたいせつなのは同じだった。

きっと。
『あいつ』はこの日を待っていたのだろう。
意味がないわけじゃない。あの日氷らせた心を一年、彼女の欠片と一緒に大事に仕舞っていた。いつか来るこの日まで。
暖かな炎が再び灯される日まで。
そして、仕舞いこんだ大切なものが、空に昇っていく日まで。

だから。
自ら手放すことも、かといってその手の内に留め置くことも出来ずにいるあいつに代わって、異臭の中、彼女の欠片を遠い空へと見送った。

もうすぐ。
この戦いも終わるだろう。



-BACK-
 
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